死神は林檎しか食べない

月子さんの曲を聴いていたら堪らなく何か書きたくなったよ流石は月子さん……!
でも基本的に私が何かしながら曲を聴いている時はメロディだけで歌詞を全く聴いていないので多分内容と歌詞は全くあっていないかと思われます。いつもそんな感じです。

以下、天野月子氏『菩提樹』を聴きながら書いたもの。
L月ではないです。特にCPはありません。ミサのお話ですがL月に影響は及ぼしてないです一応。

『赤く染まる指先』

私は林檎を買ってくる。それは勿論あの死神のためだ。彼は世界中の人間や動物たちが口にするすべてのものの中で唯一林檎だけを好んで食べる。何故林檎なのだろうか。確かに死神たちの砂のような林檎よりはずっと美味しいけれど、それでも。
だってそれは例えば罪の象徴にしか見えない。あれは正確には林檎とは限らないという話だけれど。
月と私は決して罪深くはないとは云えない。だからかもしれない、私が林檎に象徴されるほかのおおきな存在を、つよい力をもった何かを思い出さずには居られないのは。
だけど月はきっとそんな考えを持ったりはしないのだろう。私は私自身を罪深いと思っているけれど、月はそう感じてはいけないのだから。そう彼自身が決めた。彼は正しくなければならない。
……ああ、レムは林檎を食べていただろうか。記憶にない。
私は林檎を買う。林檎だけをあまり頻繁に買うと妙な印象を残しかねないので、私が林檎を買うときには他の果物も一緒に籠に入れる。梨、桃、葡萄、柿、蜜柑、桜桃。季節の果物を手にしてゆっくりと時間を掛けて選ぶ。林檎は死神のために用意されるので、月は大抵他の果物だけを食べて林檎には手を付けない。だから私は林檎以外の果物を選ぶ時にもよく気をつけている。
私はよく選んだ果物を抱えて部屋に戻る。手にしたひとつを果物ナイフで丁寧に切り分けて器に盛ってから、私はフォークを二本それに添えた。細く華奢な銀器は室内にさしこむ陽光を受けてなめらかに光る。誰も居ない部屋の中、私はソファに座って器に並んだみずみずしい果物をじっと見つめる。
それから、テーブルの端に置いてあったデスノートをその器の横に並べた。日の光を浴びても、名前を書くだけで人を殺すことのできる馬鹿馬鹿しい黒いノートは砂になって消えたりも、あるいは蒸発したりもしなかった。それは私にとってすべての始まりと切っ掛けと救いだった、同時に呪いであり恐怖でありまた永遠に逃げ出せない悪夢の扉でもある。
私はしばらく果物とノートを見比べてから、そっと器を脇へと押しやった。ガラスはひんやりとしていて、少し長く伸ばした爪の先が当たって清廉な音をたてた。それから私はデスノートを開いてそっと名前を思い出してみた。今日道で擦れ違った男。顔と名前しか知らない。多分何の罪もないだろう。名前の後に死因を続けて書いた。
私は鉛筆を置くと、目を伏せてそっと黒いノートの表紙を撫でた。地球上のどんな物質とも違う、不思議な感触。これが人々の命を飲み込んでゆくのだ。貪欲なのは命を貪る白い罫線なのか、命を差し出してみせる人間なのか。答えは知れていると、彼なら云うだろうけど。
再びノートを開き、たった今書いたばかりの名前を慎重に消してから、私はそれをいつもの場所にしまった。それからソファに座って月の帰りを待つ。目の前には切り分けられた林檎。剥かれていない皮がつくりものめいてつややかに赤い。
罪深いと思うのは罪を犯しているからだ。人々を裁くものの膝許で罪を犯す私が大切な私の刑吏にとらえられた時、その時こそ私は懺悔するだろう。罪人にこそ神は眩しい。
私は罪のあかしをひときれ口にした。私の仕えるものの前で無垢な顔をしてみせるために。