本日の妄想

※わりと気持ち悪い系です。もしくは暗い。

『孵化』

 胃のあたりが重い。吐き気がする。躯が動かされる度に不安定な首がぐらぐら揺れる。呼吸とは異なる調子で視界がぶれるのが気持ちが悪くて死にそうだ。
 僕は僕の上で虚空を見据える男を見上げる。竜崎が規則正しく揺れる。揺れる。ああこいつは何をしているのだろう。
 竜崎の眼は僕に向けられているが、実際のところ僕なんか奴の視界には入っていない。竜崎が見ているのはキラだ。僕には見える、竜崎が何を見ているのか。奴はキラがひとを殺しているところを夢想している。キラの指が殺人犯の胸元に向かって伸びる、殺人犯は勿論彼がキラであることを知らない。キラは微笑んで、視線で確実に相手を捕えながらごく自然な動作で心臓を握り締める。
 ぐっ。
「……は、あ、……はっ」
 竜崎が一瞬全身を強張らせて、僕は眉を顰めた。堪えるために一拍置いて、律動がまた始まる。再び込み上げる吐き気を堪えながら、僕は薄く微笑んだ。そうだ、そうだろう。まだ足りないんだろう?
 僕には竜崎の願望が手に取るように見えていた。さあ夢想の続きだ。
 心臓を握り潰されて、殺人犯は苦悶の表情と共に悶える。絞り出すような呻きを上げながら、胸を掻きむしって地面に倒れ込むだろう。そしてのたうち回って終いには泡を吐くのだ。男の脚が痙攣して宙を蹴る。それをキラはじっと見詰めているのだ。竜崎の心拍数が上がってゆく。視線はますます遠くを凝視している。
 竜崎の願望を僕は知っている。奴はキラに殺されたいのだ。キラと戦って追い詰められ、なりふり構わず保身に走ったところを残忍に冷酷に殺して貰う事、それが竜崎の望みだ。だからこそ竜崎はああまで執拗にキラを追う。全力で潰しにかかっているからこそ逆に潰される快楽は大きいのだろう。その一瞬の快楽のために竜崎は生きているようなものだ。
 竜崎はキラを見る。屍を乗り越えて、モラルも何も棄て去った先に独り立つキラを見る。キラの最後の標的は竜崎だ。キラの指先が空中に弧を描く。白い指が竜崎の心臓を指した。
 体内にぬるりと液体が広がった。何度やられてもこれは好きになれない。息を荒げた竜崎がやっと僕を見る。それで僕は奴に嫌悪を込めてにっこりと微笑んでやった。奴の望む、キラの微笑みで。
 途端に総毛立ち底の見えない情欲を露にする竜崎の唇に噛み付いて、僕は静かに興奮しながら囁いた、いい加減にしないと、竜崎。
 ああ、何て愉しい。
「……殺してしまうよ?」
 さあ、吐き気のする行為を続けよう。今度はどんな幻想になるのか、それが楽しみでならないんだ。
 僕はいつだってお前の心臓を握っている。お前が朽ちる大地に立つのは、キラだ。

多分元ネタは映画『ミュンヘン』。最後の数分はワースト・セックス・シーンとしてわりと有名です。
多分、と云っているのは、特に意識して書いた訳ではないからなんですけどね。

ちなみに昨夜書いていたら、携帯握ったまま寝てました。……。