『恋』

 環境に適合できる生物だけが生存できると云うのなら、人間も順応できないものから純に淘汰されてゆくのだろう。最初に見た時には吐き気を催しかけた竜崎の異様なまでの甘味好きやマナーの悪さにも、月はいい加減慣れきっていた。
 ジャムの湖に浸したスコーンの後にレアチーズケーキのラズベリーソース添え、それから仕上げにバナナスプリット。視線は操作のため画面に固定されたまま、フォークと唇だけが黙々と動かされる。
 月にはさほどするべきことはない。キラ事件について現在把握できそうな情報はあらかた掴んであるし、今日のところはこれ以上何らかの情報を手に入れることは難しいだろう。ぼんやりと眺めていた視線の先で、竜崎がフォークを置いて幾つかキーボードのキーを叩いた。
 咀嚼を一旦忘れて膨らんだままの頬。間抜けだなとは思っても嫌いではない。口の中に食べ物が詰まっているせいで僅かに突き出された唇にふと触れてみたくなって、月は反射的に目を逸らした。多分自分は順応し過ぎたのだろう。
「……竜崎、そんなに食べて気分悪くならないのか」
「甘いものは別腹です」
「竜崎には別腹しかないんじゃないのか?」
「心外ですね、深く傷つきました」
「傷ついても糖分の摂取は快調のようだけど」
「傷ついた時に甘いものを食べて憂さを晴らすのは常識です」
「ははっ、そう云う時だけよく口が回るな」
 云いながら月は案外素直に笑っている自分に気付いた。こういうとりとめのない会話もそう悪くはない、そう思ってしまうようになったのはいつからだろう。月はそれについてはつとめて考えないようにしている。
 綺麗な世界。理想の世界について考える。こういう時に月がキラとして新世界について考える頻度は確実に上がった。犯罪者のいない優しい社会。……だがその世界に竜崎が居てはいけない理由などあっただろうか。Lは存在するべきではない。それでも、自分がLを超越しさえすれば、Lを葬る必要はなくなるのではないだろうか。解らない、どうすればいい。キラに敵対するLは。キラは。真っ白な世界は。……夜神月は。
 何も考えたくなくなって月はぼんやりと手許の捜査資料のあたりに視線を彷徨わせる。自分がおそれている何かを認めてしまえば、そこから苦しみが始まることを月は知っている。その何かの正体も、本当は知っているのだけれど。
 制裁の剣を翳すのはキラだ。それだけだ。そうだろう?
 理想と心中するつもりで目を逸らせばほら、もう何も見えない。

BGMはアリプロの『少女貴族』で。
よく書いたネタですが、どうしてもこのテーマに回帰してしまう。