『呼吸の作法』

『呼吸の作法』

 夜神月にとって、礼儀作法というものは呼吸の方法のように切り離せないものなのだろう、竜崎はそんなことを考える。動作のひとつひとつが効率的で美しい。無理に繕った完璧さではなく、彼の場合は既に無自覚なのだと思われる。
 礼節を弁えた人間が珍らしい訳ではない。視覚的に竜崎を満足させられる人間は周りに数多く居る。竜崎が感心しているのは月の本当の意味で身についた礼儀だ。例えばティーカップの持ち方ひとつ取っても、月の手つきから背筋のリラックスの度合いまでが美しく整っていた。
 一度、月に尋ねたことがある。
「夜神くんは、ソファに寝転んでだらしなくお茶を啜ったりはしないんですか」
「僕もたまにするけど、さすがにこの鎖があると寝転べるほど離れられないだろう?」
 あの時たしか彼は笑い出しそうな表情でそう返したはずだ。竜崎はそれで、ソファでいかにも怠惰にお茶を啜りながらも美しさを損なわない月を容易に想像した。

眠いのでまた。
づづく。