神話2

瓦礫に置いてある『神話』の続きです。
更新しようとしたら一度消えてしまったのでうろ覚えて書きました……消えるなんて酷い……。

『神話2』

 神の申し子が人間の罪を背負い、人間のために殺されてから二千年以上が経った。そのひとの肉体は生命を断たれてから三日後になっても復活しなかったが、その理想は人々の心に蘇った、それでかれは神になったのだと云う。それ以上は詳しい話も深い意味も知らない。
 僕はたった一人でアルコールを口にしている。何年も前にこの場所、同じ店の同じ席で、僕は隣に座った初対面の女の子に秘密を打ち明けたことがある。それはLと月くんの話だった。
 あの時僕はLを継がなければならなかった月くんを堪らなく可哀相に思っていた。幾ら彼が天才であったとしても、Lを継ぐということは彼が選びうる最も悲しい未来であるように感じられたからだ。ひとりぼっちな正義の味方。誰も信頼出来ず、あらゆる責任を負って、しかし死に際してさえ顧みられることはない。ただその頃の僕は、月くんが既にそれよりも更に孤独な選択をしていたことを知らなかった。
 あの時以来、この店を訪れるのは二回目になる。店そのものは数年前のままだったが、女の子たちは大半が入れ替わっているようだった。あの夜僕が例え話にのせて秘密を打ち明けた女の子は、とっくにやめてどこかへ行ってしまったのだそうだ。代わりにと隣に座ろうとした女の子を断って、僕は手酌でグラスを傾ける。
 神、と呼ばれていた。キラがつくりだす、犯罪者のいない優しい世界。それはあり得ない夢だった。その夢のために、ほんの高校生の頃から月くんは新世界の担い手として世界に自分を捧げていたのだ。かれは自分のために何かしようとさえしなかった、そうしてひたすら理想のためだけに存在していた。それが果たして正しいことだったのか、僕には今でも解らないままだ。ただ、この世界では勝った者が振り翳す主張だけが正義として認められず、そして月くんは理想に自らを捧げ尽くして負けた。それだけが確かだ。
 かれは神にはなれなかったな。
 グラスを見つめたまま呆然と呟くと、不意にたまらない悲しみがこみ上げて僕はくるしさに俯いた。だが涙は眼球の裏側で押し留められたままで、月くんのために涙を流してやることすらできずにいることが僕には尚更悲しかった。
 月くんは死んでしまった。かれの理想を知るものは消え、だからどれだけの月日が経ったとしてもかれの願いが蘇ることはない。月くんはいつしか忘れられてしまうだろう。彼が居たことを思い出せる人間すら徐々に消えてゆく、僕は何も出来ないままそれを見守るだろう。神話はもはや神性を喪って、忘却の優しい手に包まれて世界の記憶から去ってゆく。
 これが最後の一杯だ。僕は乾ききった眼で現実を見据えた。これを飲み干してこの店を出たら、僕はもう二度とここに足を踏み入れることはない。