'Cause I've been acting like,

Gwen Stefaniの『Sweet Escape』を聴きながら。

『社交辞令』

 ああどうしてこんなことをしてしまったのだろう。幾ら後悔したって遅い、僕は一度始めたことを最後までやり通さなければならない。僕は本当は竜崎が嫌いで堪らない、それはもう嫌いで嫌いで顔を見るだけで言葉を交わすだけで頭痛がするくらいには嫌いだ、それなのに竜崎は僕を気に入ったらしい。それが本音なのか演技なのかはどうでもいいが、とにかく僕との距離を詰めようとする行動そのものが僕にとっては苦痛でたまらない。僕は後悔している。僕は本当は自分の思うままに行動するべきだったのだ、竜崎を嫌いであること、それをあからさまに態度に出してさえいれば少なくとも多少はあいつの行動を制限することだってできた。だけど現実はそう思い通りにはいかなくて、僕の愛想笑いも社交辞令も竜崎は全部僕の本音であると勝手に受け止めてその上で僕に近づいてきている。ああ最悪だ。もっと最悪に振る舞ってやりたい、竜崎が愛想を尽かすくらい酷い人間として振る舞うことができたならきっともっと気が楽になるのに、それなのに僕はまた竜崎の言葉に優しく頷いて微笑みさえ浮かべて見せている。今日十七回目に頷いて適当に同意の言葉を吐いて見せた時に竜崎の体がすっと僕に近づいてきて僕は竜崎にくちづけられている。う、うえ、吐きそうだ、そう思うのに僕は竜崎を拒んでいいのやら優しくいなさなければならないのやら解らなくなって固まる。
「月くんは思ったより純情なんですね」
 純情なんて言葉はいい加減死に絶えて化石になってそもそも存在すら忘れ去られているかと思ったよ竜崎。僕はのどもとまで酸っぱいものがこみ上げてくるのを必死になって飲み込んだ、これが誰の前であろうとも僕は人前で無様に嘔吐なんかしたくない。それで僕が苦しげな表情で黙っているものだから何を勘違いしたか竜崎が僕をそっと抱きしめた。壊れ物を扱うようなその手つきが本気で僕の神経を逆なでする。
「あなたが好きです」
 気持ち悪いのもピークに達して僕の両目にはとうとう涙が浮かんだ。顔が紅潮して噛み締めた唇が細かく震えているのが自分でもよく解る、僕の胃の中は大混乱で、とにかく僕の食道を通って口から脱出したいと強く要請しているけれども僕はそんな許可を与える訳にはいかない。大体僕は今竜崎に抱きしめられているんだ、そんなことをしたが最後だ、しかし状況を再確認するなり僕はあまりの気持ち悪さに涙がぽろりとこぼれるのを止められなかった。は、吐きたい今すぐ思い切り吐瀉してしまいたい。だが竜崎は僕を抱きしめて優しく微笑むので建前上それを拒む訳にはいかない僕は気を遠くしながら必死に耐えるしかなく、あまりの気分の悪さに失神しそうになる限度を見据えながら僕は竜崎を突き飛ばす。
「ら、月くん?」
 全く予想もしていなかったらしい僕の反応に驚いた様子で竜崎が声をあげる、僕は多分あと二十秒以内にお手洗いに駆け込まないと胃の内容物を抑えきれないので力の限り竜崎から走り去りながらとにかくこの場を誤魔化すために叫び声を上げる、「僕も竜崎と同意見だよ!」部屋を飛び出して必死に廊下を走り抜けて辿り着いたお手洗いで便器に顔をつっこむようにしてげえげえ云ってすっかり吐いてしまってから僕はようやく落ち着いた。そしてやっと自分の失言に気がついた。
「ああ口が滑った……」