月がおちていたその3

『月が落ちていた』その3。

 当然ながら私は目の前の少年が何者なのかさえ知らなかった。電話で話したことは全て口から出任せで、そもそも私に直接会うことの出来る人間は限られている。能力の高いもの、役立つもの以外の人間とは会話を交わすことすら億劫に思う私と、現在目の前に居るただの少年が知己であるはずがない。
 だがこの少年は何故か私がLであることを知っている。
「やっぱりゆめかなあ……」
 未だ意識がはっきりしないためか、ぼんやりと私を眺めてそんなことを呟く少年に、私は堪らずこめかみを押さえた。
「夢であって欲しいのは私の方ですよ……」
 私が人前に姿を現すことは稀だ。その上私がLであることを気取られるような真似をするはずがない。情報はそもそも限られた一部の人間にしか明かしてはいない、それも私を特定することなど到底不可能な情報に限る。それなのに、何故。
 頭を抱える私の前で少年は夢うつつに微笑んでさえいる。場合によっては自分の保身すらままならなくなることを理解していないのだろうか。全く気楽なものだが、それに何故この私がつき合わされなければならない。ああワタリはいつになったら戻るのか!
「うーん……もしかして夢じゃないのか……?」
 どうやら意識は覚醒には近付いているらしい。アルコール臭さはないが、何かの薬物に酔っているのだとしたらなおさら性質が悪い。
「やっと起きましたか。取り敢えずは名乗ってください」
「……はあ?」
 少年は非常に奇妙な表情を浮かべた。
「何を云ってるんだ竜崎。あれだけ……」
 云いかけて、少年は唐突に立ち上がる。私は無言のまま警戒の為に重心を移動させたが、彼はそれには構わずすぐそばにあるクローゼットを開けた。
 行動に一貫性が見られない。精神的に不具合でもあるのか。
「私は名乗ってくださいと云ったはずですが」
「キラ」
 少年はゆっくりと私を振り返りながら云った。
「僕がキラだ」

続く。